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滝は逢いに行くものです。断じて見に行くものではありません(3号佐竹)

Dscn0385
(新潟県・鈴ヶ滝)

よく滝を見に行くという人がいますが、

これは大きな間違いrockです。

なぜならば滝は逢いに行くものだからです。

皆さんもご存知の通り、滝は絶えず水が流れ落ちています。
そうなんです、動きがあるんです。つまり生きているものなんです。

それを見に行くなんて、滝はモノじゃねぇ~んだよsign02
滝を見に行くなんていってるヤツは顔を洗って出直してきなsign03
って感じです。

また、滝はその水量季節によっても表情が日一日と
変化
します。逆にいえば一日として同じ表情はしていません。

そうです!滝は生きているんです。滝には
heart01heart02があるんです。だから今日も滝に
逢いに行くんです。


(3号・佐竹)

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コメント

久しぶりにコメントします。

「滝は生きている!」という考え方には僕も同感ですね。人間の時間尺度でばかり眺めてたのでは、滝の「生き様」は見えてこない。地球の時間尺度で眺めてこそ、「滝は生きている!」と言える気がします。

ただ、皆さんの考え方とちょっと違うのは、「滝に逢いに行く」人がいてもいいと思うし、「滝を見に行く」人がいてもいいと思うのです。滝に対する気持ちの持ち方は十人十色。

「断じて見に行くものではなく…」と決めつけるのは、かなり抵抗がありますね。皆さんの価値観ではそうかもしれませんが、滝をただ見たくて行く人もいないと、滝の世界が広がっていかないのでは!?佐竹さんが言ってた「滝ブームの火付け役」になれるのでしょうか!?

皆さんの価値観が画一的な側面に、目に見えない危うさを感じてしまいました!!僕の素直な感想です。

たまに覗かせて頂いている者です。
このブログのみなさんが揃って「滝に逢いに行く」と表現することに違和感がありました。
自然崇拝的な感覚や精霊が宿るという様な感覚も理解出来ますし、私も滝を単なる「物」としてとらえていません。(滝に限らず山や岩など一見動きがないものも)
でも、私は普通「滝に行く」と表現します。
なので、「出直して来な!」と言われてまうと「どーなの?これ」って感じです。
北中さんのコメントでちょっとホットしましたが、何か排他的である種の新興宗教にいだく危うさと同種類の危うさを感じました。
と言ったら大げさかもしれませんが・・・

>北中先生、akiさん

コメントありがとうございます。返事が遅くなって申し訳ありません。
滝は逢いに行くでも、見に行くでもどちらでも構わないと思います。
私も日常会話では滝を見に行くといいますし。ただ、トークイベントなど
滝好きな人たちが集まると自然と滝に逢いに行くという表現になるので、
半ば冗談やシャレのつもりでそれをブログのお題にしました。
『出直して来な』っていうのももちろん冗談です。大真面目に大上段から
本気でいってるわけではありませんので悪しからずご了承下さい。


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