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滝の音への想い(3号佐竹)

Kif_2453
(静岡県・音止の滝)


前振りのところでも書きましたが、正直私は
滝の音については完全にノーマークでした。

しかしながら、仮に滝から『』がまったく
無くなってしまったとしたら、それは何とも
味気なく素っ気なく拍子抜けしたような感じに
なるだろうなと思います。

よく考えてみれば滝と音は必ずセット
なっているものです。そしてどんな滝であった
としても『その滝の音』から迫力や勢い
威圧感といったものが少なからず伝わって
くるものです。

そういった意味では滝と滝の音は切っても
切れない、無くてはならないものです。逆に
いえば『滝の音』は空気のように当たり前の
存在であったため、私はこれまで特に意識を
したことはありませんでしたが、知らず知らずの
無意識のうちに視覚だけではなく聴覚でも
しっかり滝を感じていたんだろうなぁ~と思います。


そう考えて思い返してみると…


○豪瀑と呼ばれる滝では滝そのものではなく、
その轟音に圧倒され、まさにこれぞ豪瀑だと
実感したり…

○滝の姿が観えるよりも先に『滝の音』が
聞こえてきたり…(こういう時はなぜか妙に
うれしくなって早足になりませんか?)

○音を頼りに不案内な滝を探したり…

『滝の音』も何だかんだと結構色々ありますね(笑)

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コメント

自分も音にはまったく気がいってませんでした。
ですがしゃけさんのおっしゃるように、音は空気の振動ですから、耳だけでなく(空気に触れている)体全体で感じることができる滝に不可欠な魅力のひとつなんですね。顔や手にかかる滝のしぶきや細かい水粒よりもたくさん感じていたことに気づかなかったとは…。
不覚でした(>_<

>ドーラさん
確かに不覚でしたね。でもこれからもきっと
あんまり意識することはないと思います。
やっぱり空気のように当たり前のものなので。

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